チジニ「江南の建物のセメント、私がすべて運んだ」
来る22日、崔洋一監督の映画「壽」の封切りを控えている俳優チジニが、苦労した時代に対して話した。
チジニは14日午後に放送されたSBS「生放送 TV芸能」の"チョヨングが会った人"コーナーに出演、「俳優になる前に写真作家の助手として働いた。初めての月給は40万ウォンだった。徹夜手当ての万ウォンをより多く受ける為に、毎日夜を明かした。」と打ち明けた。
また「荒仕事もたくさんした。江南一帯の建物はほとんど私が運んだセメントで作った。お金はなかったが、幸せだった時代だった。」と付け加えた。
演技をするようになった動機を問うと「マネージャーが"演技してみよう"と懇切な勧誘をしたが、断ってからぴったり1年だけするという約束で演技者を始めた。」「妻も絶対ダメだと引き止めた。しかし、今では私を国内最高の俳優たちより格好良いと誉めてくれる。俳優になる前から今まで私を信じてくれた人だ。」と満足した。
カンジフン記者 jhoon@mydaily.co.kr
[mydaily]2007-03-15 09:25:00
http://www.mydaily.co.kr/news/read.html?newsid=200703150856341118
チジニ、ファンジョンミン・チョスンウと"ラーメンに焼酒"写真話題
【動画】
チジニは14日に放送されたSBS「生放送 TV芸能」の"チョヨングが会った人"コーナーに出演して「俳優になる前に写真作家の助手として働いた。」「初月給が50万ウォンだったが、その中から20万ウォンは積金にし、45万ウォンに上がってからは、40万ウォンを積金した。」と話した。
彼は「夜を明かせば、万ウォンをもっと受け取れて、徹夜手当てをもっと受ける為に毎日夜を明かした。」と打ち明けた。
彼は「大学の時からバイトで荒仕事もたくさんしたが、江南一帯の建物はほとんど私が運んだセメントで作ったこと。」と話し「お金はなかったが、全然大変ではなかったし、とても良い時代だった。」と話した。
チジニは俳優になったきっかけに対して「写真の仕事部屋にたびたび来たマネージャーが‘演技をしないか’と言い、関心がないと断ってからぴったり1年だけするという約束で演技者を始めた。」と話した。
チジニは「俳優になることに対して、妻が絶対ダメだと反対した。」と紹介した。
チジニは、この頃は妻がどう思うかという質問に「最近、妻と深夜映画を一緒に見たが、2人しかいなかった。」「妻が映画に出ているこの時代最高の俳優を見ながら‘あの人よりオッパの方がずっと格好良い。私はこんなに格好良い人と暮らせるのがとても幸せだ’と言った。」と話した。チジニはこれに「君も少しは分かるんだね。」と答えたと紹介し、爆笑を催したりした。
チジニは去る2004年、6年間の熱愛の末にグラフィックデザイナーのイスヨンさんと結婚した。
一方、この放送ではチジニが懇意な俳優であるファンジョンミン・チョスンウと旅行に行った写真が公開されて話題になった。
この写真には飲み物と焼酒瓶、ラーメン・おつまみにキムチなど、気軽い姿でお酒を飲んだ姿がそのまま撮れている。特に部屋の中でラーメンに焼酒を食べながら横になり、 TVを見る姿にネチズンたちは「有名俳優たちもお酒飲む姿はまったく同じだ。」という反応を見せている. .
チジニは「西海岸の安眠島の近くに旅行に行った時だったようだ。」「2泊3日間、お酒と貝の焼き物、三枚肉などをふんだんに食べたが、写真は全て旅先で撮影された記録。」と説明した。
[chosun.com]2007.03.15 15:19
2007-03-19 21:33:45
|