22日に封切りした「壽」(監督崔洋一)は完全に‘生物’だ。
確かにフィクションだが、血生臭い臭いも本当で、戦いも本当だ。食べ物で言えば、料理されていない魚、或いは濃いささ身のようだと言うか。それで食べ難い。
「血と骨」「月はどっちに出ている」などで、日本映画界で確固不動な席を持っている崔洋一監督にとって「壽」は初韓国映画だ。「壽」の指揮者が崔監督だったら、彼の意図を充実に六花し遂げたのはチジニ(35)だ。
映画の中でチジニが引き受けた解決者スは、残酷に一つの目標に向けて邁進する男だ。目を覆ったまま狂ったように駆け付ける種馬みたいだ。スは19年前、自分の代わりに麻薬組職のボス(ムンソングン)に捕らえられた双子の弟に会う為に東奔西走する。感激的な巡り合いの瞬間、弟はボスに雇われたキラー(オマンソク)が撃った銃弾で死に遭う。弟の身分に偽装して警察になったスは、復讐を準備する。ス周辺には弟の女(カンソンヨン)、スを追い駆ける非理警察(イギヨン)、スノ師匠(チョギョンファン) らが絡み合って行く。
アクション映画を撮影した俳優たちの苦労談は新しさがないが、チジニの場合は特に酷かった。 監督は何でも‘リアル’を欲しがった。 あらかじめ組んでおいたアクションの合は、現場ですっかり無視されるのが常だった。 擦過傷、打撲傷をつけて暮したし、オマンソクとのアクション場面では実際に首を締められた。右側の靭帯が伸び、リハビリ治療を受けなければならなかった。
「‘ニセ物はダメだ’と言います。アクションを撮る時は、私も当たらないように悽絶に避けました。 当たれば痛いから。」
故国に帰って来た名将の一番目の映画に出演しようとする男優たちが並んだ状態だった。
チジニは「多くの人がキャスティングの有力候補に上がったのを知っています。」「監督様はどんな状況でも同じ船に乗って行くことが出来る人が欲しかったようだ。」と話した。現場から逃げない‘根性’を持った男がチジニだった。
実際に撮影現場では雑音が起こった。監督の意図と摩擦をもたらした美術スタッフが何回も変わったし、その時毎に撮影が中断になった。撮影期日が遅れると"監督が暴君のように君臨する”という乱れて慌しい噂が流れた。チジニは監督を強力に擁護した。
「監督様は、どんぶり勘定式の現場状況を理解することが出来なかったというだけです。言葉をちゃんと伝達することが出来なければ、通訳まで叱る程だったんですよ。怒っていながらも、すぐ顔を変えてアクションを叫ぶ姿は本当にプロでした。」
映画は残忍だ。目がくり抜かれて耳が噛まれる。やっぱり表現の強度の面で強いパクチャヌク監督の映画が粹で様式的なら、「壽」は粗悪だ。カメラはクローズアップをするに値する状況でも、遠く引いて腕組みをしたままの男たちの悽絶な肉薄戦を冷静に観察する。弱肉強食の世界を扱った動物ドキュメンタリーのようだと言おうか。チジニは「壽」を見ながら、「悲しかった。」と話した。「涙が出るんですよ。その悽絶な復讐の姿がとても可哀想じゃないでしょうか。表現の残忍さよりは、その原因を考えさせる映画です。」
チジニはこんなハードボイルド(冷酷・非情を意味する文学・映画の用語) ジャンルが、日本で活動し、日本映画監督協会会長にまで登りつめた監督の生の方式を見せることではないかと推測した。
日本語により慣れた監督が書いたシナリオを翻訳したせいなのか、台詞がぎこちなく聞こえる部分もある。筋書も粘り気のあるように編集されなかった。登場人物たちの行動動機や事情がちゃんと現われない。
チジニは「私たちはとても親切な映画だけ見て来た。監督が追い求める意図を見せてくれれば、後は観客の分け前だ。全ての観客に適当な映画を作る必要はない。」と話した。同時に「映画に現われない部分があったら、もっと多いことを見せる為の省略だと理解して欲しい。」「韓国映画界で ‘壽’は今までなかったし、 今後もない作品だと確信する。」と付け加えた。
チジニは倦まず弛まず映画に出演して来たが、「古い庭園」など批評的称賛にもかかわらず、興行とは大きな縁がなかった。彼は「映画興行には時代的背景、 個人の努力が皆ピッタリ合う幸運がなければならない。」「今までの私の選択に後悔はない。」と話した。
文/パクチァン・写真/パクジェチャン記者 myungworry@kyunghyang.com
[京郷新聞]2007年 03月 22日 18:02:26
http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=200703221802261&code=960401
2007-03-23 20:57:40
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