映画「古い庭園」チジニ
チジニの‘幸運’は確信の産物であるようだった。幸運に繋がるまた他の幸運。
「演技を始め、‘ジュリエットの男’にキャスティングされ、‘大長今’に出演し、‘古い庭園’をして、 結婚もして子供もいる。」
彼は、普通は易しく忘れる喜び、感謝する心を幸運の同義語で使っているようだった。
イムサンス監督の新作「古い庭園」で、17年ぶりに監獄から出て世の中と向い合う人物を引き受けたチジニに、26日午後ソウル新村ホンイク大隣近、2階の家庭を改造して作った、ある写真スタジオで会った。かなり歳月が感じられるこの家庭園には、12月顔負けな日差しが降りた。
■まず、試写の所感が知りたい。
「初盤は良かったが、中盤には私があまり出なくてがっかりし、中後半に進んでオヒョヌという存在が消えて空しく、 映画が終わると、これはこれで粹で良い映画だなあという気がして嬉しかった。その時代には似合わないけれど、どこかに居た事が当然なハンユニ(ヨムジョンア)という凄い女性が話を導いて登場するから新しかったし、格好良かった。それで嬉しかった。」
■この町内(阿硯洞など新村一帯) で暮らしていたというが、学生の時はどうだったか。
「いつもデモだったので、催涙弾のニオイを嗅ぎながら学校を通った。当時、デモを見ながら‘この国がどうなるか’と心配した。(笑) ミョンジ短大産業デザイン学科90学番(71年生まれ)で入学したが、関心事はひたすら絵とバスケットボールだった。一日中、絵を書き、そして週末毎に漢江の水辺に行って友達とバスケットボールし、ソガン大、ヨンセ大に遠征ゲームにも行った。」
■写真スタジオで働いて俳優の勧誘を受けた話を読んだが、印象的だった。
「初めは躊躇った。全然関心がない分野だったから。私とは無関係な人々、平凡な人々とは全然違った人々がする仕事だと思っていた。実はそうではないが…。1年間、マネージャーに追い回され、外為危機が起こって仕事が無くなった。 ぴったり1年だけしてみようと考えた。1年間、写真から感じられること位魅力を感じれば続けると話した。」
■訪ねてしたのではなく、演技が尋ねて来た、そうなのか。
「本当に尋ねて来た。運命のようだ。自分が何かをすると心に決めると、必ず志したとおりになるわけではないのではないか。尋ねて来たことを無理やりに阻んでしなければ、病気にかかるらしい。」
■チジニの「古い庭園」はどこか。
「1995年に世界一周した事がある。私は福が多い。‘幸運の男’だ。自分のお金を出して世界旅行をしたのではなく、‘世界の不思議’という写真のカタログ作業に参加して、イギリスのストーンヘンジ、チリのイースター島、モアイ石像、エジプトのピラミッド、 メキシコのカンクンとチチェン・イツァーなどをすべて見て回った。 1ヶ所で普通1週間ずつ居るのに、一日は場所のハンティングをし、 一日は撮影をすると遊ぶのが仕事だった。紅海で水泳し、カンクンでsnorkelingをして、ハァ〜。(笑) 私がその時にした仕事は‘資金管理’だったが、軍を除隊してからいくばくもなくて、軍気が入っていたし、身体がとても良かったからだ。とても幸せだった。」
■うらやましい。幸運の別の事例があるか。
「演技をするようになったことも、‘ジュリエットの男’をするようになったことも、‘大長今’ ‘古い庭園’にキャスティングされたことも幸運だった。結婚したことも幸運で、子供がいることも幸運だ。当然なら当然のことが、分かってみればおびただしい幸運だ。 そして運も実力だ。 私は信じる。‘パンバン’に遊んで幸運の来る場合はなかった。」
■無理して努力してもダメなこともあるのではないか。
「良くなかった事が確かにある。 ところが‘度忘れする’。そのまま良い感じだけが残る。 私が気楽な為に、わざわざそうしようとすることもあるが、続くと自然になる。後悔はするが、縛られずに代わりに未来をいろいろと考える。40になれば工芸方面で作業ももっとしたくて、学校に戻って勉強もしたい。60になれば、工房に座って昼寝もし、 作業もするでしょう。」
■映画「壽」を相次いで撮影した。大変ではなかったか。
「崔洋一監督作品というのが大きかった。必ずしたかったが、‘古い庭園’ 撮影以後、日程がぎりぎりで悩んだが、イムサンス監督が ‘無条件にしなさい’と言っていた。 それでするようになったし、 満足だ。 (映画を見れば)多分びっくりするはずだ。(笑)」
■シナリオを選ぶ時、周辺の助言をたくさん取り入れる方か。
「そうだ。私はシナリオを読むことが出来ない。あ、読むことは出来る。(笑) 私が面白く読んだものは大衆的ではなかった。マネージャーが先に見て、このようなことあると勧めてくれれば読んでみて決める。そして、実はシナリオがほとんど入って来ない。(笑) ‘女教授の隠密な魅力’ 以前には、現場がたくさん大変だったが、その後にはすべての作業を楽しくした。 ずっとそんなに大変だったら、 多分これ以上出来なかったはずだ。 俳優を辞めただろう。」
■その時はそのままご飯儲け(食べて行く為の稼ぎ)だと感じたようだが。
「そうではない。今もご飯儲けだ。」
チョンヨンソン記者 azulida@munhwa.com
[文化日報]2006/12/28
http://www.munhwa.com/news/view.html?no=2006122801032230256002
2006-12-29 23:34:43
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