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[インタビュー] 「壽」のチジニ、私は変化を恐れない


チジニが崔洋一監督のハードボイルドアクション「壽」に出演すると言った時、皆が"危ない賭博"と言った。しかし、チジニは挑戦だと言った。私たちは彼が紳士的なイメージを脱したくて今回の役を受諾したことだと推測する。しかし、彼は俳優の領域拡張だと言い返す。 肯定的な考え方で演技に臨む彼の本音が知りたかった。彼はどのような考えで「壽」を選択したのだろうか?ここにその答えがある。

■崔洋一監督は誰ですか?

初めてシナリオを受け取った時、チジニは「本当に大変だ。」と思った。 シナリオで表現された強い感じを演じてみたいという欲心はあったが、恐ろしさが先に進んだ。休息と再充電が必要な時点で会った「壽」のシナリオは、彼に多くの悩みを抱かせた。

当時は率直に言って、上手くやり遂げる自信がなかった。崔洋一監督に対する事前情報もなかった。彼がどんな映画を作り、映画界でどのような位置にあるかも知らなかった。その為、「古い庭園」を演出したイムサンス監督に聞いてみた。イムサンス監督は彼の愚問に何も言わずに親指を立てた。人を誉めることがあまりないイムサンス監督が「彼が現存する最高の監督中の一人」と話しても、心を入れ替えることが出来なかった。筋道を掴むことが出来ずに躊躇っているチジニにイムサンス監督は「無条件にしなさい。お前に必ず役に立つ作品だ。」と話した。

それでも勇気が出なかった。シナリオをまた読み、崔洋一監督の作品を捜して見てから確信が生まれた。初めてシナリオに接した時、「私が出来るのか」と限定してみた彼だ。上手く仕上がった映画が出来るか心配した彼だ。しかし一歩遅れて知るようになった崔洋一監督に対する絶対的な信頼は、彼にとって映画「壽」をするように導いた。

映画「壽」は23年間、日本で映画を作って来た在日韓国人崔洋一監督の初韓国映画進出作という事実だけでも話題を集めた作品だ。しかし、言論の熱い関心にもかかわらず、この映画は撮影が始まって終わるまで、ただ一回も撮影場公開をしなかった。理由は遠くから捜す必要がなかった。俳優が演技をするのに置いて、邪魔になる要素が一つでもあってはいけないという崔洋一監督の几帳面さがその理由だった。最高の結果物を作り上げる為に、彼はちょっとしたもの一つそのまま越えては行かなかった。 彼は手の動作から視線処理、動線まで細心に指示するだけでなく、直接運転することで演技の師範としての顔をして見せ、全身で「壽」を演出した。

■冒険を楽しむ俳優

「壽」はチジニには冒険に近い作品だった。実はチジニの冒険が事新しいのではない。以前の作品である「女教授の隠密な魅力」でも彼は、紳士的なイメージを脱ぐ為に努力した。しかし、彼の努力にもかかわらず、彼の名前の前には常にソフトな俳優という修飾語が付きまとうしかなかった。

線が明らかな顔に千の表情を隠しているチジニは、「壽」で自分に与えられた役を他人がもう演じたキャラクターのように模倣したくなかった。劇中で 1人 2役を演じたが、完全に差別化された他人だから、演じるにおいて何も難しさはなかった。

問題は、映画の相当部分を占めるアクション場面にあった。崔洋一監督はニセ物アクションを見せたがらなかった。もう殴ることを分かっている状況で、彼はリアルなアクションは生み出す事は出来ないと思った。「崔洋一監督様は俳優が演技でカバーすると言っても、その感じを描き出すことに限界があると考えました。」

合を合わせない男たちの荒々しい体当りの喧嘩をカメラに盛り出す為の俳優たちの努力は相当だった。撮影前、チジニを含む出演陣たちは2ヶ月間、シンジェミョン武術監督の指導の下に訓練を受け、アクションの基本技を習った。 徹底的な準備にもかかわらず、身体で直接やりこなすアクションが大部分である撮影現場で、負傷は避けることが出来なかった。「映画"壽"がアクション映画だから、怪我をする事は有り勝ちでした。 擦過傷と打撲傷は基本だったし、右側の方の靭帯が伸びてリハビリ治療を受けたりもしたました。 しかし、本当にやってみたかったアクション映画だったので、怪我をするのもものともせずに演技にだけ集中しようと思いました。」

■常に変化を夢見る俳優

「俳優たちは本当にたくさん苦労した。」 映画「壽」を見て出た観客なら、この言葉が自然に飛び出すようになる。それ程に「壽」が見せるアクションは写実的だ。 しかし、いざ演技をしたチジニの口からは、思いがけない返事が飛び出す。「演習をとても激しくしたから、撮影をしながら経験する大きい困難はありませんでした。」

チジニは俳優の役割と監督の役割は別にあると考える人の中の一人だ。各自が与えられた役割で最善を尽くす時、"良い作品"が生まれるということを演技生活を通じて悟ったからだ。

いくら完壁を期しても、現場では変数が起きるものと決まっている。 しかし、そんな状況もやはり彼は良い作品を作って行く過程の一部分だと考え、平然と受け入れる。彼は少なくは数十人、多くは数百人の手助けが必要な映画作業で、一人だけが上手くしても、良い作品が生まれることは無いと強調する。

チジニは今、自分の位置がどこまで来たのか分からない。しかし、彼は自分が進んでこその目標に対しては正確に分かっている。 彼の演技には辞書的意味の‘限界’が入って行く余地は無い。 彼はどんな状況が近づいても、逃避するとか逃げたことがない。 限界という状況で逃げることが出来なければ、堂堂と対立しなければならないというのが彼の演技観だ。

俳優には二つの部類がある。似ている演技を二番煎じしながら自分のイメージを消尽させる方があるかと思えば、パターンを創造的に変奏しながら、商業的な価値を極大化する俳優がいる。常に変化を夢見るチジニは後者に近い。だからだろうか?彼が選択した作品で、私たちはまったく同じような"チジニ"を一度も見ることは出来ない。

■ 仕事と私生活は徹底的に仕分け作る

チジニの眺めるカンソンヨンは率直な俳優。自分の意見程に他人の意見も大事に思うカンソンヨンは、尖った部分もない。お互いの性格がよく合った為、親しくなる速度も早かった。「映画の撮影が終わってから暫く経ったが、心安くお互いに連絡することが出来る間にまでなりました。 女優たちとこのようにするのは、容易くない話です。(笑)」

Jim Jarmusch監督と仕事を一緒にやってみたいという夢を持っている彼は、既に満たした部分よりは、満たして行かなければならない部分がより一層多いということをよく分かっている。 自分に不足な点が何で、他人達よりマシな点は何かも、ちゃんと分かっている。限りなく謙虚に見えるものの、そこには誰も真似ることが出来ない強靭さが備わっていた。

チジニは一つの作品を終わらせれば、早くそのキャラクターから脱しようと努力する方だと言った。それがちゃんと出来ずに苦労する俳優たちを、周辺で数人見て来た為だ。「それによって廃人になるとか、はなはだしくは自殺をする方々まで見ました。」彼はキャラクターで早くすり抜けて来ることが出来ないのは、危険な事だと規定する。

スクリーンデビュー作である「H」を撮影して、酷い鬱病を経験した彼は、自分が生きて来た生と全然違った人物を演じる時に経験する難しさをひしひし感じた。周辺の人々から、より一層荒れたようだという話を聞く程に変わって行く自分の姿を、じっと放置していてはいけないと思ったのは、この時からだ。「俳優が演技が上手なことは基本だと思います。しかし、それよりもっと重要なことがあるとすれば、演技と仕事を区別する事です。それが上手い俳優こそ、立派な俳優として長続きする俳優だと思います。」

スランプは誰にでもある。いつどこで尋ねて来るかも分からないスランプを、賢く乗り越える為には、何より強い心得が必要だ。「周期的に来るようです。 私はそれを当然、来ることと思って受け入れる方です。 来たのだから、去って行くと思えば気楽です。その為に悩んでいると、なかなか去って行かないのです。」

■運命のように近付いた演技を縁として作る

チジニがカメラの前で演じる楽しさを初めて感じた瞬間は「女教授の隠密な魅力」の時であった。現場に行く楽しさを、その映画を作りながら身体で感じた。以前までは「どのようにしなければならないか、上手く出来るか」と心細い心に悩みが先に進んだ彼だ。しかし、今は違う。現場で意見を出す程に、積極的な俳優に変わってしまったのだ。「女教授の隠密な魅力」を通じて"映画をする味"を感じたようです。」 一週間という時間しか無い程に迫って急に進行された「Perhaps Love」の撮影場で、より一層余裕があるように出来たのも、そんな心が土台にあったからだった。

チジニに演技は運命のように近付いた。 1999年当時、写真作家として活動していたチジニは、芸能人マネジメント業社であるSidus HQ パクソンヘ理事に会った縁を通じて演技者の道を歩くようになったケースだ。その時だけでも、チジニは演技をする気持ちが少しも無かった。しかし、パクソンヘ理事の考えは違っていた。彼女は芸能人らしくないチジニの純粋な顔に、大衆もハマると信じた。 それで1年近くチジニに付きまといながら説得した。写真の方が演技をすることより良いと言って心を開かなかった彼が、考えを変えたきっかけは本当に偶然にやって来た。

IMFの寒波がチジニが働いていたスタジオまで影響を及ぼし、彼が代表して写真作家の道を諦めたのだ。 もし、その瞬間、チジニが写真に最後まで固執していたら? 多分、私たちは俳優チジニに会ってみる大事な機会さえ得ることが出来なかったはずだ。

■得たことは多いが、失ったことはない


最高を見せる為に最善を尽くす俳優。チジニのこのような誠実さは、映画「壽」でも相変わらずだ。チジニが映画でこのように知能的で荒々しいイメージの人物を演じたということは驚きべきだ。ピーター・チャン、イムサンス、崔洋一監督らが彼を信じてチャンスを与え、チジニは期待を脱しないようにと、相当な努力をした。「私をよく知っている方々は、今やっと適役を引き受けたとおっしゃいます。自らも期待になって、余程最善を尽くして楽しく撮影しました。」

「女教授の隠密な魅力」 以後、映画の現場に居ると安心して落ち着くという彼は"まったくの俳優"だ。専ら透きもない態度で与えられた役を表現していながらも、チジニは常にやんわりと言った。「既存の私のイメージだけ好きだった方なら、がっかりする可能性もあるが、少なくとも私が俳優として長い間、少しずつ努力した過程を見て来た方なら、惜しみない拍手を打って下さると信じています。」

チジニは以前の作品と同じく「壽」でも、ラインを守りたくなかった。ドラマでも映画でも、見て出て何か必ず残るものがなければ、俳優として演技をする意味を見つけることが出来ないというのが彼の持論だからだ。過不足ない自制力こそ、彼が賢明な俳優であることを現わす証とし得る。自分を著しく打ち出さないものの、作品を輝くようにする俳優。多様な作品を休む間なしに行き交いながらも、チジニはまだ毎作品ごとに熱心に臨む。

一つの作品を終わらせる度に、俳優として成熟して行く姿を見るようになるという彼は、常に得たことだけを考えるようにしている。彼にとって失ったことは重要ではない。 俳優として不足な部分を少しずつ満たして行っている気持ちを楽しんでいる今、彼は次の段階に行く門に向かって大切な一歩を移していた。

キムギュハン記者 asura78@maxmovie.com

[maxmovie]2007.03.16
http://www.maxmovie.com/movie_info/news_read.asp?idx=MI0038546853&mi_type=43

2007-03-18 19:03:27

  
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